「調査結果が示このような警告が他にもなされていたにもかかわらず、議会の民主党議員たちは、Fを監視の目から守り続けた。
そして共和党もそれ以上何の対策の手も打たなかったのだ。
住宅ローン貸付基準を緩めるように圧力をかけた政府機関はFとFだけというわけではない。
様々な政府機関が、貸し手側(民間銀行)に対し、「人種の平等の推進措置(ヒスパニックや黒人層への持ち家政策)」という美名の下に、リスクの高いローン貸付を行なうよう仕向けた。
銀行などローンの貸し手たちは、裁判に訴えられて敗訴し、莫大な賠償金を取られるよりは、ということで、言われたとおり、有色人種層と低所得者層への貸しているとおり、アメリカの銀行は黒人やヒスパニックを差別している」と彼らは主張した。
アジア系については何も語られなかった。
なぜなら、アジア系は白人よりも高い利率で貸付を受けていたからだ。
そして、リベラル派は、スラム街に住んでいる人たちも貸付が受けられるように、貸付の際の信用度を引き下げるように主張した。
この調査はのちに正しくないことが分かり、データの誤りを是正しても、人種差別を示す証拠は何も見つからなかった。
しかし、時すでに遅しだった。
圧力団体は、貸付において人種差別があると攻撃し続け、一九九二年の調査結果を後生大事に掲げていた。
CRA、地域再投資法はカーター政権下で成立した法律で、クリントン政権下で改正された。
住宅バブル崩壊後、この法律に注目が集まり、多くの批判が寄せられるようになった。
この法律は、銀行のマイノリティヘの貸付数が当局の定める基準を下回った場合、人種差別だとして裁判に訴えることができる、という内容のものであった。
それでも、地域再投資法のせいだけでマイノリティヘの貸付基準が引き下げられたわけではない。
政治エリートたちの関与がそこにはあった。
テキサス大学のスタン・R教授は、一九九○年から二○○六年にかけて発表された、住宅産業が発行したレポートなどの出版物を詳しく調査した。
そして、R教授は次のような調査結果を発表した。
「政府機関、議会、大統領、Fなどの政府援助法人、いずれもが貸付基準の引き下げを推進しようとした。
民間銀行はその動きに同調し、やがて、自ら進んで貸付基準を引き下げた。
銀行は今、貸付基準を引き下げたことを後悔している。
この貸付基準の引き下げによって、住宅価格の上昇がストップした場合、多くの住宅ローンの債務不履行が発生することが予想されたのに、そのまま推進された」一九九二年に貸付において人種差別があるという調査結果を発表した直後、ボストン連邦準備銀行は、人種差別にならない貸付方法についてまとめたマニュアルを発行した。
そのマニュアルには「個人の信用度を〃窓意的で、かつ非合理的な方法で〃判定するような貸出基準を設けていると、マイノリティの顧客を惹きつけることはできない」と書かれていた。
それぞれの銀行に対して「〃窓意的かつ非合理的な方法で〃顧客の信用度を判定するのは悪いことですよ」とアドバイスをしたのだ。
お門違いも甚だしい。
ボストン連邦銀行が発行したマニュアルの真意は、「マイノリティの顧客が一定以上の割合で貸付を受けられない場合、その銀行の貸付基準は窓意的かつ非合理的である」ということだ。
マニュアルにはこのような、政治的な正しさの衣をまとった二重語法が満ちみちている。
クレジット履歴、頭金、定収入についてニ重語法を使っているのだ。
クレジット履歴、頭金、定収入などはそれまで、低所得者層が家を持とうとする際に障害になるものであった。
それらに対する基準を引き下げようというのが、このマニュアルの狙いだった。
「地域再投資法は、バンク・オブ・アメリカのような普通銀行にのみ適用される法律であった。
従って、不健全な住宅ローン貸付は、普通銀行以外の金融機関、例えば、カントリーワイド社のような住宅ローン貸付専門会社で行なわれていたに過ぎない。
地域再投資法に、住宅市場の崩壊の責任はなどと。
そうした人々は次の点を故意に言わないようにしている。
F、F、するようになった。
銀行が、政府が望むように行動したのは当然のことだった。
R教授は、「銀行は貸付基準を引き下げ始めた。
基準を引き下げれば引き下げるほど、政治家、官僚、そしてフアニーメイなどのGSEから賞賛を受けた」と述べている。
住宅ローン担保証券の下取りを積極的に行なっていた証券会社ベァー・スターンズは、信用度の低い個人に貸し付けられた住宅ローンの健全性を強調した。
同社の主張の根拠は、ボストン連邦準備銀行の調査と同様、実体のないものであった。
ベァー・スターンズ社のレポートでは、借り手の信用度は重要ではなくなったのだ。
レポートは次のように書いている。
「地域再投資法によって促進された個人への貸付は、とてもこれまでの信用基準では当てはまらないものばかりになった」と。
だからそれまでの貸付基準が変更されてしまった。
住宅市場の崩壊を受けて、地域再投資法を支持した人々は、躍起になって、次のように主張Sは、準備ができていない人々も家が買えるようにした。
このことが現在の経連邦住宅都市開発省、連邦準備制度などの様々な機関や消費者信用機会均等法のような法律が、アメリカ国内すべての金融機関に対して、破滅的な結果をもたらした貸付基準の引き下げを行なうように圧力をかけた。
そして、「地域再投資法が住宅ローンを扱うすべての金融機関に適用されます」と公示することで、銀行などが裁判に訴えられるリスクを判断し、貸付基準を下げる結果になったのだ。
第一次ビル・クリントン政権のHUD(連邦住宅都市開発省)長官であったH・Sは、長官の地位にあるときに、貸付基準の引き下げを行なった。
また、彼は、民間企業に移った後にも貸付基準の引き下げを推進した。
Sは、政府と民間において、それまでの基準では住宅ローンを借りられなかった人々が家を持てるようにした。
Sは、不動産開発業者になった。
彼はKBホーム社という住宅販売会社の取締役に迎えられた。
そして、サンアントニオ市のラゴピスタ地区に、四ニ八戸もの低所得者層向けの住宅を建設した。
Sがどんなに素晴らしい考えを持っていたとしても、「家を持つべきではない人々までが家を持てるようにした」ということは、紛れもない事実である。
Sの政治信条に肯定的であったニューヨーク・タイムズ紙は、次のように書いた。
済危機の原因のひとつなのは確かだ。
Sは、今回の経済危機発生における自身の責任について語っている。
「住宅ローンは中産階級が家を持てるようにするための制度であったが、私はそれをすっかり変容させた。
人々が住宅ローンを借りられなくなり、家を持てないようにする原因を私は作ってしまった。
私は、私の失敗の原因をすべて調べられ、責任を問われるだろうが、今はそれを望んでいる」と述べた。
彼の表情には困惑と憂慮の影があった。
Sは、人々に奉仕するために、政府の役割を大きくするべきだと考える人々の典型である。
彼らは、市場を監視することで人々を自由市場の失敗から守ることができ、「自由市場資本主義」がより規制されれば、未来に希望が持てる、と考えていた。
全ての人が家を持てるようにしたい、という政府の野望を体現したのがSであった。
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